福岡地方裁判所 平成9年(ワ)737号 判決 1999年10月18日
原告
大神武利
原告
藤本甫
右両名訴訟代理人弁護士
市川俊司
被告
日建興業株式会社
右代表者代表取締役
宇佐川志郎
主文
一 本件訴えのうち原告大神武利の平成一七年四月以降分の給付請求及び原告藤本甫の平成一八年五月以降分の給付請求にかかる部分を却下する。
二 被告は、
1 原告両名に対し、各金五〇万円及びこれに対する平成九年三月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を
2 原告大神武利に対し、平成八年一月から平成一一年二月まで毎月二六日限り金五万三五七〇円、平成一一年三月から平成一七年三月まで毎月二六日限り八万三六七〇円及び各金に対する各支払期限の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を
3 原告藤本甫に対し、平成八年一月から平成一一年二月まで毎月二六日限り金四万八四三五円、平成一一年三月から平成一八年五月まで毎月二六日限り七万八八三五円及び各金に対する各支払期限の翌日から支払済みまで年六分の割合にまる金員を
支払え。
三 原告らの本件その余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告らの、その九を被告の負担とする。
五 この判決は二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告は、
1 原告両名に対し、各金五〇万円及びこれに対する平成九年三月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を
2 原告大神武利に対し、平成八年一月から平成一一年二月まで毎月二六日限り金六万六九六二円、平成一一年三月から毎月二六日限り一〇万四五八七円及び各金に対する各支払期限の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を
3 原告藤本甫に対し、平成八年一月から平成一一年二月まで毎月二六日限り金六万〇五四四円、平成一一年三月から毎月二六日限り九万八五四四円及び各金に対する各支払期限の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、被告の従業員である原告両名が、組合活動を理由に賃金その他の待遇について被告から差別を受けたと主張して、賃金差額と慰謝料の請求をしている事案である。
一 争いのない事実等
1 被告は、アスファルト製造、販売等を営む株式会社であり、従業員は約二二名で本社工場のほか、福岡県糸島郡志摩町に前原工場を有している。
原告らは、被告の従業員であり、本社工場に勤務している。
2 原告らは、昭和六〇年八月、全国一般労働組合福岡地方本部(以下「組合本部」という。)の福岡支部(以下「組合支部」という。)に加入し、日建興業分会(以下「分会」という。)を結成した。
3 原告らの平成四年ころの担当職務は、機械修理、道路工事現場等に出向いてのアスファルト舗装機械(アスファルトフィニッシャー、タイヤローラー、マカダムローラー等)の運転作業(オペレーター作業とよばれている。以下「オペ作業」という。)であった。
オペ作業に対してはオペレーター手当(以下「オペ手当」という。)が支給され、しかも作業の性格上、残業となることが多かったため、原告らは相当程度の額のオペ手当と時間外手当を支給されていた。
4 平成五年四月以降、被告は分会員五名(当時)のうち原告らを含む四名に対し、志免作業所待機を命じて一切仕事をさせなかった。この結果、原告らはオペ作業から外されることになり、オペ手当と時間外手当を支給されなくなったため、毎月の賃金が一〇万円程度減少することになった。
そこで、組合本部は、福岡県地方労働委員会(以下「地労委」という。)に救済申立てをし、平成六年一月二八日付けで、地労委は被告の右行為を不当労働行為と認定して、分会員らに対する志免作業所待機の撤回及び原職務への復帰等を被告に命じる救済命令を発した(なお、右救済命令においては、右以外にも不当労働行為があったと認定され、救済が命じられている。)。
そして、被告と組合本部及び支部とは、平成六年五月二四日、右救済命令を踏まえて協定を結び、原告らについては、同年六月から元の職務に復帰させ、一切の差別のないように被告において責任を持つことが確認された(以下この協定を「本件協定」という。)。なお、本件協定では、被告が原告ら以外の分会員二名に退職加算金五〇〇万円を支払うこと、原告ら及び右分会員二名に解決金三〇〇万円を支払うことも定められ、被告はこれらを履行した。また、被告は、このほか組合支部に対し解決金として五〇〇万円を支払った。
(甲一、六、四九〜五二、乙一)
5 しかし、本件協定後も、被告は、原告らをオペ作業に従事させず、原告らはオペ手当及び時間外手当を受給できなかった。
組合支部は、平成六年八月二四日、地労委にあっせん申立てをし、会社はこれに対し改善を約束する等したものの、実際には原告らは依然としてオペ作業に従事できなかった。
そこで、原告らは、平成七年六月、被告に対し本件協定違反を理由としてオペ手当及び時間外手当の支払を求める訴えを福岡地裁に提起した(平成七年(ワ)第一九四五号事件)。
同年一二月四日、右事件において訴訟上の和解が成立し、被告において、原告大神武利(以下「原告大神」という。)に対し一六〇万円、原告藤本甫(以下「原告藤本」という。)に対し一五〇万円を支払うほか、実際にオペ作業に従事したかどうかにかかわらず平成八年一月から平成一〇年一二月まで毎月原告大神に対しては三万七六二五円、原告藤本に対しては三万八〇〇〇円をオペ手当の最低の保障給として支払うこと、原告らに対する一切の差別行為をしないこと等が合意された(以下「本件和解」という。)。
(甲二、一九、五三)
6 しかし、本件和解後も、原告らのオペ作業の量は平成四年の水準までには戻らず、依然、時間外手当は元の水準には戻らなかった。
また、被告は、本件和解に基づくオペ手当の保障給の支払を平成一一年二月まで延長して行ったが、その後この支払も停止した(実際には、同年五月分まで保障給はいったん支払われたが、その後、被告は、この支給は過誤によるものと主張して、原告らの同年六月分の賃金から同年三月分から五月分までの保障給額を控除した。)。
7 原告らは、被告に対し、被告は原告らを差別してオペ手当及び時間外手当の不支給ないし減額をしておりこれは本件和解に基づく債務の不履行であり損害賠償するべきである旨主張して平成八年一月以降分の時間外手当相当額及び平成一一年三月以降分のオペ作業相当額とこれらに対する商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を請求するほか、右各手当不支給の他にも職場での待遇で差別を受けた旨主張して、慰謝料として各五〇万円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている。
二 争点及び当事者の主張
1 原告らがオペ作業に従事できなかったのは被告の差別によるものか。
(原告ら)
被告は、原告らと分会を嫌悪して、故意に原告らを非組合員と不当に差別して、原告らにオペ作業、残業をさせず、原告らに経済的打撃を与えて分会を潰そうとしているものである。
被告は、本件協定成立後も、非組合員をオペ作業に回したり、オペ作業そのものを外注に回したりしている。
また、業界の不況にもかかわらず、被告の受注量は減少しておらず、現に非組合員である従業員については残業が命じられている。
(被告)
アスファルト合材業界は、最近の景気後退による舗装業界の業績低迷により総出荷量が激減しており、これに伴って、付随するオペ作業も減少している。原告らに指示するオペ作業が減少しているのも、顧客の注文そのものが減っているためであり、被告の差別によるものではない。
被告の従業員数には限度があるため、顧客から多数の依頼があったときには断ることもある。被告は、顧客と他のオペレーション作業派遣業者との間の連絡仲介をすることはあるが、具体的な取引内容については関知していない。また、顧客の中には原告らを嫌う者があるので、他の従業員を派遣することがある。
2 被告は、原告らに対し、従業員としての待遇に関して差別をしたか。
(原告ら)
(一) 被告は、前記のとおり、本件協定及び本件和解にもかかわらず、一貫して原告らをオペ作業に従事させず、オペ手当や時間外手当を支給していない。
(二) 原告らが配属されている整備工場(ここには原告ら二名だけが勤務している。)では、平成六年六月以降は電話機が撤去され、かつ平成七年ころ以降はストーブも撤去され、現在に至っている。
(三)(1) 従来、三万円までの備品等については、稟議書等を必要としないで、原告らにおいて購入することが認められていたが、平成六年六月以降、瑣細な備品の購入についても、決裁を要することとされ、現在に至っている。
(2) 従来、業務日誌等は作成されていなかったが、平成八年夏ころから、原告らだけに対して業務日誌の作成が命じられるようになり、現在に至っている。
(3) 被告は、平成九年一月以降、原告らに対し、オペ作業に行ったときには現場作業の注文先から検収書にサインと時間を書いてもらう旨指示するようになり、現在に至っている。
(四) 被告は、平成六年六月以降、整備工場から離れた場所にある仮設の小屋を原告らの待機場所としている。同所は、夏は暑く冬は寒い場所で環境は劣悪である。
(五) 被告は、平成七年以降、社内での新年会を非公式の形にして、原告らが参加できないようにしている。
(六) 被告の木村労務部長は、平成九年四月一八日及び平成九年一一月一〇日、本件訴訟について原告らに対し「お前ら俺をなめちょらせんか。俺も顔で飯食いようとたい。」、「俺のことばいろいろ書いて裁判所に出しちょろろうが。俺を好かんとならやってもいいとぞ。俺は知能犯やき、あんたんとこのガラスが割れたちゃ知らんぞ。」等と恫喝する発言をした。
また、被告の労務担当である宮本相談役も、平成九年一一月一九日、原告らに対し、「俺達も今度はやるけんね。お前達が組合費を二人で一万ちょっとでわざわざ組合が動くか。」等と威嚇する発言をした。
(被告)
(一) 原告らをオペ作業に従事させていないのは、前記のとおり、オペ作業そのものが減少しているためで、差別によるものではない。
(二) 整備工場の電話機を撤去したのは使用実績がなかったためである。同所に設置されていたストーブは元々被告の備品ではない。なお、休憩室には電気ストーブを設置しているし、防寒着も支給している。
(三)(1) 必要な備品等については、原告らの口頭申出により支給されており、業務に支障は生じていない。
(2) 業務日誌は、他の部署については既に平成六年一二月ころから作成されている。
(3) 検収書にサイン等を注文先から書いてもらうことは、本来業務に必要な作業であり、注文先も要望のあったことである。
(四) 原告らの待機場所には、冬は電気ストーブ、夏は扇風機とスダレを設置して対策を講じている。
(五) 被告は、平成七年以降、社内での新年会を中止している。
(六) 木村労務部長の発言については知らない。宮本相談役の発言は威嚇をしたものではなく単に説明をしただけである。
第三 判断
一 争点1について
1 被告は、当裁判所が平成一一年五月二七日の口頭弁論期日においてした賃金台帳、オペ作業に関する諸文書、決算報告書についての文書提出命令に従わない。
そうすると、右各文書の内容及びこれによって立証されるべきところの原告ら主張にかかる①被告が本件協定成立後も、非組合員をオペ作業に回したり、オペ作業そのものを外注に回したりしていること、②業界の不況にもかかわらず、被告の受注量は減少しておらず、非組合員については残業が命じられていること、の各事実については、右各文書の内容について具体的な主張をすること及び他の証拠により証明することが原告らには著しく困難であるから、右①②の事実については民訴法二二四条三項により概ね原告ら主張のとおりであると認定することとする。
2 右1での認定事実に、証拠(甲四、五、一七、一八、二四の1〜7、二八の1〜18、二九の1〜18、四六、四八の1、2、原告大神)、第二・一「争いのない事実等」で認定した事実を総合すると、被告は、平成五年ころから、分会及び原告らを組合活動を理由として差別し、本件協定や本件和解が各成立した後も、受注量が特に減少してもいないのに、オペ作業を非組合員にさせたり他の業者に回したりして、意図的に原告らをオペ作業にほとんど従事させず、本件和解に基づきオペ作業の保障給を支払ったほかは、原告らからオペ手当及び時間外手当を受給する機会を奪っているものと認められる。右認定に反する証拠(乙五、六、一一、被告代表者)は右1での認定事実及び前掲各証拠に照らして採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
被告の右行為は本件和解に反するものであり、実質的に原告らの賃金請求権の発生を妨げたものであるから、被告は、差別行為がなければ原告らが従事できたであろうオペ作業に対するオペ手当及び時間外手当の相当する金額とこれに対する商事法定利率による遅延損害金を損害賠償として支払うべきである。
3 そこで、原告らが被告の差別がなければ得ることができたであろう各手当の額について検討する。
被告の業績は特に悪化していないものと認めるべきことは右1で述べたとおりであるが、昨今の景気後退とりわけ土木、建設業界の不況に鑑みると、仮に差別が全くなかったとしても、平成四年ころと同程度の量のオペ作業が現在も続いているとはにわかに考えにくい。また、原告らは、わずかながらオペ作業に従事することがなかったわけではない。
したがって、平成四年ころと平成八年以降との各手当の差額相当分(実質的には平成四年ころのオペ手当と時間外手当の額がそのままこの差額となる。)のうち、八割を被告の差別による損害額と認定するのが相当と考える。
証拠(甲三四の4〜12、三五の1〜3、三九の4〜12、40の1〜3、四四、四五)によれば、平成四年四月から平成五年三月までの一月当たりの時間外手当の平均額は、原告大神は六万六九六二円、原告藤本は六万〇五四四円であり、オペ手当と時間外手当の合計の平均額は、原告大神は一〇万四五八七円、原告藤本は九万八五四四円であることが認められるから、その各八割りである五万三五七〇円、四万八四三五円が各原告の一月当たりの時間外手当についての損害額、八万三六七〇円、七万八八三五円が各原告の一月当たりのオペ手当と時間外手当についての損害額ということになる。
4 なお、証拠(原告大神(調書一六〜一八)及び弁論の全趣旨によれば、原告らの賃金は毎月一五日締切りの当月二六日払いであること、被告従業員の定年は六〇歳であるところ、原告大神は平成一七年四月、原告藤本は平成一八年五月に定年に達することが認められる。
そうすると、被告の現在までの対応に鑑みると現時点において、少なくとも各原告が定年に達する前の月までの分に限り、毎月二六日限り一月当たりの損害額とこれに対する遅延損害金の給付請求について訴えの利益があるものと考えられる。
二 争点2について
1 右一で認定した事実及び各掲記の証拠によれば、本件和解成立後に発生しまたは成立後まで継続した事実として次のものが認められる。証拠(乙七、一〇、証人江藤、被告代表者)のうち右認定に反する部分は、右各証拠に照らして採用できない。
(一) 被告は、前記のとおり、本件協定及び本件和解にもかかわらず、一貫して原告らをオペ作業に従事させず、オペ手当や時間外手当を支給していない。
(右一で認定した事実)
(二) 原告らが配属されている整備工場(ここには原告ら二名だけが勤務している。)では、平成六年六月以降は電話機が撤去され、かつ平成六年一一月ころ以降はガスストーブも撤去され、その後は暖房としては電気ストーブが置かれたほか防寒具が支給されたのみで現在に至っている。
(甲五(六頁)、三〇(二4、7項)、原告大神(調書一五五〜一六〇)、被告代表者(調書三四〜三六、二四四〜二六〇))
(三)(1) 従来、三万円までの備品等については、稟議書等を必要としないで、原告らにおいて購入することが認められていたが、平成六年六月以降、瑣細な備品の購入についても、決裁を要することとされ、現在に至っている。
(甲三〇(二5項))
(2) 従来、業務日誌等は作成されていなかったが、平成八年夏ころから、原告らだけに対して業務日誌の作成が命じられるようになり、現在に至っている。
(甲三〇(二8項))
(3) 被告は、平成九年一月以降、原告らに対し、オペ作業に行ったときには現場作業の注文先から検収書にサインと時間を書いてもらう旨指示するようになり、現在に至っている。
(甲三〇(二9項))
(四) 被告は、平成六年六月以降平成一〇年一一月まで、整備工場から離れた場所にある仮設の小屋を原告らの待機場所としていた。同所は、夏は暑く冬は寒い場所で環境は劣悪であった。
(甲三〇(二6、三3項)、被告代表者(調書二三七〜二四三))
(五) 被告は、平成七年以降、社内での新年会を非公式の形にして、原告らが参加できないようにしている。
(甲三〇(三14項)、原告大神(調書一九四〜一九七))
(六) 被告の木村労務部長は、平成九年四月一八日及び平成九年一一月一〇日、本件訴訟について原告らに対し「お前ら俺をなめちょらせんか。俺も顔で飯食いようとたい。」、「俺のことばいろいろ書いて裁判所に出しちょろろうが。俺を好かんとならやってもいいとぞ。俺は知能犯やき、あんたんとこのガラスが割れたちゃ知らんぞ。」等と恫喝する発言をした。
また、被告の労務担当である宮本相談役も、平成九年一一月一九日、原告らに対し、「俺達も今度はやるけんね。お前達が組合費を二人で一万ちょっとでわざわざ組合が動くか。」等と威嚇する発言をした。
(甲三〇(三18項)、三二、原告大神(調書二〇六〜二一四))
2 右1で各認定した事実のうち、(一)の点は単に賃金の不支給であるというにとどまらず意図的に原告らに経済的な打撃を加えることを目的とした行為であると認められるから、単に賃金の不支給という債務不履行を構成するにとどまらず原告らに慰謝料請求権を生じせしめるものというべきであり、(二)以下の行為もいずれもそれ自体、被告の原告らに対する嫌がらせであることが明らかである。
したがって、被告は各原告に対し右各行為について慰謝料を支払うべきであるが、その額は各原告につき五〇万円が相当と認められる。
(裁判官岡田健)